写真家 新正卓

インフォ・ニュース  -English-
2014年2月15日掲載

ARAMASA in LONDON
-Annely Juda Fine Art-
「HORIZON」 -OROgraphy-

■写真展開催概要

展覧会タイトル:

ARAMASA Taku / ONE MEN SHOW 「HORIZON」

ギャラリー:

Annely Juda Fine Art
アネリー・ジュダ・ファイン・アート

展覧会期:

2014年 3月27日(木)〜 4月26日(土)

アクセス:

23 Dering St, London W1S 1AW UK

URL:

http://www.annelyjudafineart.co.uk

 

 

■HORIZONに寄せて

大日方欣一

 

 陸地と海がせめぎあう接点に立ち、洋上の彼方へ眼差しを投じる。

 画面に対峙する者をあたかも大きく包みこむような、コスモロジカルなスケール感を感じさせる新正卓の新作「HORIZON」は、1990年代末以降、日本列島各地のおもに離島などの辺境的なトポスで撮影が続けられ、2010年代に入ってプリント制作上のオリジナルな方法を確立し、現在見るような作品世界へ到達することになったシリーズである。

  欧州での新正の初個展となる今回の展示では、「HORIZON」とともに、2000年代に彼が取り組んできたいま一つのシリーズである「ARAMASA SAKURA」からの作品もあわせて紹介される。両シリーズはそれぞれが、古代以来日本列島に暮してきた人々の精神文化の基層に底流している自然観(それは他界観、死生観にもつながる)への再接近、共感的な捉え直しのきわめてユニークな試みであると考えられ、また同時に、あわただしく流動する時代のただ中で、どこへ立脚点を求め、どのように座標軸を立て、いかに世界の現在と向きあうか、という基底的な問いかけの寄せては返す再帰、粘りづよい思考の持続に裏打ちされた作品群といえよう。

 

 1936年東京に生まれた新正卓は、幼少期を家族とともに中国・東北地方(満州)で暮らし、第二次世界大戦での日本の敗戦と満州国の崩壊の後もなお二年間にわたり、内戦状況の続く中国で難民生活を経験している。十代初めに大陸から困難な帰国をはたした彼は、やがてグラフィック・デザインを志し、武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)在学中より、広告美術の分野の権威あるコンペで受賞をたびかさねる。戦後復興を遂げた日本の社会がさらに飛躍的な経済成長をすすめた1960年代のあいだ、新正は、広告制作のすぐれたアート・ディレクターとして第一線で活躍するのだが、60年代末になり、当時親交を深めはじめた写真雑誌編集者山岸章二(卓越した批評眼をもち、1960-70年代の日本の写真表現を牽引した偉大なオーガナイザーとして知られる)からの強い奨めと後押しもあり、それまでの仕事を離れ、フリーランスの写真家として活動をはじめた。

 新正の写真が、広く注目を集め、高い評価を獲得していったのは、1980年代中頃から2000年にかけて次々に発表されたドキュメンタリー・スタイルの作品群によってであろう。

 『遥かなる祖国』(1985)では、20世紀初頭にブラジル、ペルー等の南米各地へ入植した日系移民第一世代の人々を探訪し、異境で歳月をかさねた彼らの誇り高い風貌を描き出した(土門拳賞受賞)。破格に分厚い大型本にまとめあげられた『私は誰ですか』(1989)は、第二次大戦後に中国・東北地方から引き揚げた日本人の元・入植者たちの子弟で、様々な事情で現地に残らざるをえなかった"中国残留日本人孤児"と呼ばれる人々が、数十年を経て、断絶状態にあった中国と日本の国交回復後、1981年より毎年連続して訪日団を組織し、消息不明の肉親探しをおこなうようになったことを受け、来日した彼ら一人一人の肖像記録を撮りすすめたプロジェクトであった。これに続く『沈黙の大地/シベリア』(1995)では、ソビエト連邦の社会主義体制が解消した後にはじめて取材可能となったテーマに取り組み、第二次大戦末期から戦後にかけて抑留日本軍捕虜たちが収容されたシベリア各地の施設(ラーゲリ)、および、彼らが土木・建設などの強制労働に従事した跡地を克明にたどり、ランドスケープをパノラミックに捉える撮影をくり広げた(日本写真協会賞受賞)。そして『約束の大地/アメリカ』(2000)で、北米日系人たちにレンズを向けていく。第二次大戦の日米開戦直後、米国政府は、アメリカ西海岸に住む日系人たちを、内陸の砂漠地域に設けた11ヶ所の強制収容施設に移し、一般社会から隔離する措置をとった。このシリーズで新正は、すでに多くが撤去され、消失しかかっていた収容施設の所在地を訪ねまわり、痕跡の光景をきびしく見つめ、20世紀の歴史に翻弄された彼らの運命を浮かびあがらせた。

 こうした一連のアーカイブ構築的な撮影プロジェクトをつうじ、彼は、日本列島をとりまく海をはるばる越えた遠隔地でマイノリティとして歳月をかさねた日本人たちの風貌と足跡を追い、精細度の高い描写を可能にする大型カメラを駆使し、知られざる彼らの歴史と現在にフォーカスをあわせ続けたのである。

 モノクロームの階調豊かな印画に定着され、人や事物の寡黙なたたずまいと対峙することを見る者に促してやまないこれらの作品群(そこには明らかに20世紀末の消費社会状況の内側に閉じられがちな現代人の意識を揺さぶり、外へ開いていこうという意志が込められていた)がかたちを成し、グランド・ツアー的な一つの円環を結んだ後、続いて彼は、それまで踏破してきた諸大陸のいわば対岸、日本列島の渚をたどりはじめた。

 

 「船影はもとより鳥にさえ妨げられずに撮影できる場所を捜した」と新正は語る。冒頭記したとおり、1990年代末にスタートする「HORIZON」へのプロジェクトで、彼は列島各地の周縁的な地点=おもに海べりに切り立つ高い崖上から、"日本"を輪郭づけている""(カッコ)の外、はるかな目路の果てへカメラのスコープを向かわせていく。そこには、時代の表層をにぎわせる諸現象から身をひき離し、大らかで根源的なものへたち返ることで、世界感受のフォーマットを新たにし再起動をかけよう、という希求、一貫したねらいがうかがわれる。

 数年の模索を経て、このプロジェクトは「境界」「植生」「可視の変容」という3つの系列よりなる取り組みへ拡張し、今回の個展では、「植生」をのぞく他の2系列からの作品が提示される。

 「境界」では、ワンフレームに眺めを切りとるのではなく、視点と光軸を横へずらしながら連続撮影した2枚から数枚のショットをつなぎあわせ(だから固定した1つの視点で撮ることを原則とするパノラマカメラの視覚とは明確に異なる)、見えてくる時空をたっぷりと懐の深いものにし、脱中心的・環境的なヴィジョンをうみだしている。また、「可視の変容」は、よりパフォーマンス的な性格の濃いシリーズといえる。遠くへ捧げものをするかのように、あるいは生け花をするように、新正はそこでなにかしら植物の形姿をクローズアップぎみに画面へ招じ入れ、それらのバイタルな力に媒介されつつ、明暗未分の混沌と向きあうのである。

 一般的なドキュメンタリー写真という範疇を踏み越えていることは明らかなこうした作品で、新正は、海の彼方に"常世"(死者たちの魂がよみがえる他界、ないしは、この世に様々な恵みや稔りをもたらしてくれる神々のいる場所)を観想し、憧憬したこの列島の古代人たちの大いなるコスモロジーに遡行的にめぐりあったのではないだろうか。「HORIZON」と並行して撮影をすすめた「ARAMASA SAKURA」(散りぎわのはかなさの印象から古来より日本人の死生観と深い関わりをもってきた象徴的存在=桜を主題化)もまた、列島に生きる人々の精神文化の基層に流れているかもしれないものを新たに捉え返そうとするチャレンジと考えられよう。

 「HORIZON」中の「可視の変容」、及び「ARAMASA SAKURA」という植物の象徴性を扱うという共通項をもった両作は、どちらもピンホールカメラで撮影されている。各々において新正は、ピンホール特有の描写の柔らかさをいかし、また、水という物質にまつわるイメージを介在させることをつうじ、のびやかで可変的、流体的な世界感覚をゆたかに導き、画面にうち出している。そして、さらに注目を引くのは、これらの作品が、ごく近年、彼自身の研究開発にかかるプリント技法"OROgraphy"と結びつき、飛躍的に相貌を変え、その本質を深化させたことだろう。

 もともと20世紀初頭のアメリカ人写真家エドワード・カーティスの作品(ガラスプレートの感材に焼付けられた陽画イメージの裏地へ金泥を塗布して仕上げるという方法による一枚で、新正はアメリカ西海岸取材中にそれと出会った)にヒントを得て着想を温めだしたという"OROgraphy"とは、すなわち、ネガフィルムで撮影した像をスキャニングしてデジタル・データを作り、インクジェット・プリンターで透明陽画として出力後、イメージの裏地に日本の伝統工芸で用いられる金箔を貼りつけていく、という工程をとるプリント制作法である。画像の組成に金という物質を加味することで、眺めは奥行きを深め、翳りを積層し、此方と彼方を溶け合わせるような光の効果を現出している。

フォトアーキビスト/写真史研究 15 February 2014


 

2012年1月27日掲載

HORIZON- 思考的水平空間

ARAMASA SAKURA

 

写真展開催概要:

展覧会タイトル:

ARAMASA Taku photographs 2012

HORIZON

境界/植生/可視の変容

展覧会期:

2月20日(月)〜3月16日(金)

OPEN : 月〜金 11:00〜18:00 (土日休館)

会場:

東京パブリッシングハウス (横田茂ギャラリー)
〒105-0022 東京都港区海岸1-14-24 鈴江第3倉庫 4F
TEL: 03-3433-4479

SHIGERU YOKOTA Inc. / TOKYO PUBLISHING HOUSE
http://www.artbook-tph.com/
mail : info@artbook-tph.com

 

 

 

「HORIZON」展に寄せて

大日方欣一

 

 新正卓の ARAMASA Taku Photographs 「HORIZON」は、1990年代後半から模索が始まり、2006年に催された新正の回顧展「黙示」でその一部が提示されたが、それ以降もなお撮影が続いているシリーズである。このたびの個展は、本作がいよいよ完結に近づきつつあることをうかがわせる内容を持つ。

 

 本作以前、さかのぼれば1970年代末からおよそ四半世紀をかけ、新正は"ロング・イエロー・ロード"と呼べそうな、世界地図上の広大な範囲をたどる撮影行のプロジェクトに取り組み、次々力作を発表してきた。南米大陸各地を訪ね、そこで齢をかさねる日系移民一世の人々の風貌を写した「遥かなる祖国」(1985)。新正自身が少年期をすごした旧満州・中国東北地方への数十年ぶりの再訪をきっかけに、中国残留日本人及びその家族たちの今と向き合うことになった「私は誰ですか」、「双家族」二部作(1990)。さらに、第二次大戦後のシベリア抑留日本兵たちの軌跡を追う「沈黙の大地」(1995)、同大戦中に北米日系人たちが送りこまれた強制収容施設跡の光景にレンズを向ける「約束の大地」(2000)。これらはいわば、戦前・戦中からの国策によって異邦に生きることを運命づけられた日本人たちの歳月と足跡をめぐるドキュメント群であり、新正は一貫して大型カメラの精密な描写力を用い、此方と彼方のあいだの気の遠くなるような距離、隔たりという事態を見つめ続けたのである。

 

 これら一連の、歴史と現在を問おうとするチャレンジへ彼をつき動かした根源には、この写真家の存在感覚を抜きがたく規定しているに違いない中国大陸での戦争、戦後における引き揚げの体験があったと窺われ、さらに言えば、新正という人は、帰着点のない故郷喪失の宙づり、根を奪われてあることを足場として踏まえることで、自らの眼差しを繰り返し出発させようとしてきた写真家だと言えるのではないだろうか。  

 

 今回展示される ARAMASA Taku Photographs 「HORIZON」は、上記のドキュメント群がかたちを成し、円環を結んだその後、引き続いて展開が始まったもので、ある意味、それは「遥かなる祖国」から「約束の大地」までの作品が持続的に問い、見すえてきた歴史と現在、彼方と此方のあいだを厳然と分かつ圧倒的な"境界"の存在に、あらたなアプローチで対峙していこうとする試みと受けとれる。本作で新正は、列島各地ほうぼうの海ぎわに切り立つ崖上にカメラ・ポジションを求め、ニッポンなる国を輪郭づけているだろう(だが、確然と見えるはずもない)境界が横たわる方へ、外へ、海へむけて眼差しを投じる。ここでの写真行為は、もはや、前作までのようにドキュメンタリーという枠組みに収まるものとは言い難く、現在に自足する意識をはるかな外部の広がりにむけて押し開いていくこと、あるいは、大いなるレクイエムの召喚が企てられているようにも思えてくる。  

 

 「HORIZON」シリーズは、3つのパート(境界/植生/可視の変容)からなる。そのうち、ピンホール・カメラで撮影された「可視の変容」では、世界の遠近を抱握するべく近年新正が実験をかさねてきた"OROgraphy"の手法(1900年前後のアメリカの写真家エドワード・カーティスが得意とした金泥を用いるガラス・プレート陽画の写真術にヒントを得て、デジタル技術 "digital positives" をまじえ新正が独自に生み出した黄金印画法 )が導入されており、未見のヴィジョンが今回初めて披露されることを特記したい。画像の組成に金という物質を加味することで、眺めは奥行きを深め、翳りを積層し、此方と彼方を溶け合わせるような光の効果が現出している。

フォトアーキビスト/写真史研究 27 january 2012

 


 

2011年4月25日掲載

人や地球を見つめる日本発の本格的グラフ文化誌 『風の旅人』 vol.43に
ARAMASA 'SAKURAが表紙1〜4&巻頭見開きに作家・田口ランディ氏の詩とのコラボレーションとして掲載されます。

奈良のギャラリー“Gallery OUT of PLACE”にて開催中のARAMASA 'SAKURA black box & black roomの出品写真が「人や地球を見つめる日本発の本格的グラフ文化誌 『風の旅人』」の次号vol.43の表紙に掲載されます。また一連のシリーズによるARAMASA 'SAKURAは『風の旅人』 vol.32の巻頭およびトップページに紹介されています[購入はこちらから]。写真展は5月8日まで。出品作品は販売もしております、作家の意向で受け取る収益のすべてを日本赤十字社を通じた義援金にさせていただきます。

 

■ 『風の旅人』 vol.43

ARAMASA SAKURA
『風の旅人』 vol.43 表紙1・4
ARAMASA SAKURA
『風の旅人』 vol.43 巻頭見開き

誌面の詳細は、『風の旅人』──人や地球を見つめる日本発の本格的グラフ文化誌
公式ホームページhttp://www.kazetabi.com/ をご覧ください。

 


2011年3月20日掲載

ARAMASA Taku photographs 2011
ARAMASA 'SAKURA black box & black room
Na2 プラチナ・パラジウム プリント と 私家A2版写真集 (A2 size)の内覧会

 

1、展覧会タイトル:

ARAMASA Taku photographs 2011

ARAMASA 'SAKURA black box & black room

Na2 プラチナ・パラジウム プリント と私家A2版写真集( A2 size)

2、展覧会会期:

4月10日(日)〜5月8日(日)

OPEN : 木−日 12:00〜19:00

3、展示作品

Na2 プラチナ・パラジウム プリント(size 16x20 〜20 x24 inch) 約15作品
私家A2版写真集( A2 size) 一冊

4、関連イベント

4月10日 17:00〜19:00
アーティストトーク ゲスト 大日方 欣一 (写真評論)
オープニングパーティー
参加費:\1,000- ( +1drink 限定20名 要予約 メールにて)
期間中、毎週日曜日(4月17日、24日、5月1日、8日) 14:00 -15:00
作家自身によるレクチャーを開催します。
私家版写真集の閲覧(内覧会)と、制作におけるエピソードや技術的な解説を参加者(5名様限定)に直接レクチャーいたします。
このレクチャーは参加無料です。ただし予約が必要です。 毎回先着5名様限定です。

5、会場:

Gallery OUT of PLACE
〒630-8243奈良市今辻子町32-2
tel・fax 0742-26-1001

Gallery OUT of PLACE http://www.outofplace.jp/
mail : contact@outofplace.jp

 

ARAMASA 'SAKURA

ARAMASA 'SAKURA には black box とblack room の2つのシリーズがあります。


black box
2000年を皮切りに、新正卓は日本各地の無名の桜を、大型(4X5・8X10)のピンホールカメラで撮りつづけて来ました。撮影場所は全国に渡り、作品数は既に100を越えています。
重いカメラを担ぎ、この春も撮影が続けられ、無名の桜たちが今年もARAMASA‘SAKURAの一員になることでしょう。
新正が捉える桜は常に、満開の咲き誇る桜であり、散り際の桜です。
そしてそれらはすべてモノクロかつピンホール写真ならではのソフトフォーカスなイメージとして定着されてきました。
そこには満州で過ごした幼少期の体験と記憶に基づく、新正の深く複雑な精神が込められています。
作家はいみじくも語っています。
『彼岸に咲く花として桜は、私の白昼夢の中で咲き、散っていきます』と。


black room
カメラの原型は、壁にあけた小さな穴から一筋の光が差し込む真っ暗な部屋(カメラ・オブスキュラ) です。写真家なら誰しも一度は、自分が持つカメラを大きな部屋に見立て、そこにもぐり込む衝動に駆られたことがあるでしょう。
このシリーズは、作家がそれまで撮影して来た桜のピンホール写真を、プロジェクターで部屋全体に投影し、その状景をあらたに撮影したものです。鑑賞者はあたかもカメラの内部と現実の部屋が合体したかの様な、不思議な空間を覗き見る感覚を味わうでしょう。撮影場所は、教授として勤めた大学、学生達のアトリエや自宅の居間など、様々な部屋が使われています。
新正卓の飽く事の無い好奇心と探究心が、この新作にも表現されています。
先のblack boxのシリーズは、通常の銀塩写真として過去に数回発表されていますが、今回展示されるのは上記の2つのシリーズから抜粋された15点のプラチナ・パラジウムプリントであり、本邦初公開となります。
従来プラチナ・パラジウムプリントは、その鮮明且つ柔らかな風合いが多くの写真家達を魅了してきましたが、その実践には高度な技術を要し、行程の複雑さと高価な材料費も原因し、世に広まる事がありませんでした。
2年前から新正はデジタル技術をこの分野に導入。試行錯誤を繰り返し、このシリーズのネガを高解像度にスキャンし、それを独自に開発した方法でデジタル出力のプラチナ・パラジウムプリント用の拡大ネガを作る事に成功しました。
今回展示するプリントは、デジタル技術を駆使した高精細ネガを用いた、アナログのプラチナ・パラジウムプリントなのです。まさにデジタルとアナログの双方の魅力を融合させたものと言えるでしょう。
またプラチナ・パラジウムのためのネガを制作する課程で得たデジタル技術(独自のプロファイル)で、デジタル出力のインクジェットプリントも制作されることになりました。
そしてこのほど作家自身による非常にクオリティの高いインクジェットプリント50枚(しかもA2という大サイズ)が、1冊の手作りの写真集にまとめられました。この世に一冊しか存在しない大サイズの写真集を、展覧会では皆様に閲覧して頂きます。

また4月10日(日)のオープニングにはゲストに大日方欣一氏(写真評論)を迎え、ARAMASA 'SAKURAを来場者とともに読み解いていきます。
主題や構想においても、そして技術の分野でも、深く高い境地に達する新正卓の写真世界を、是非この機にご高覧下さい。皆様のご来場をお待ちしております。

 

■ゲストプロフィール

大日方 欣一 おびなた きんいち
1960年生まれ。筑波大学卒、同大学院修士修了。クリエイティブハウスAKUAKU(映像制作・出版編集)を経て、現在は写真関係の調査研究、原稿執筆、出版・展覧会企画等を中心に活動。
多摩美術大学映像演劇学科・武蔵野美術大学映像学科・日本写真芸術専門学校 非常勤講師
編著『大辻清司の仕事』(Mole),『大辻清司の写真-出会いとコラボレーション』(フィルムアート社)。
共著『カラー版世界写真史』(美術出版社)、『世界の写真家101』(新書館)、他多数。
共訳『写真の歴史』(N・ローゼンブラム著、美術出版社)他。
2006年、雑誌「日本カメラ」で写真家飯田鉄氏と「誌上ワークショップ・写真を味わう12ヶ月」を通年連載。
企画準備に携わった展覧会に、「風の模型-北代省三と実験工房」(川崎市岡本太郎美術館)、「大辻清司写真作品展」(福岡アジア美術館交流ギャラリー)、 「フレームの中の瀧口修造、斉藤義重」(富山県立近代美術館)、「はこだて・記憶の街-熊谷孝太郎展」(新宿ニコンサロン)、「distance 関口正 夫・三浦和人・牛腸茂雄展」(中京大Cスクエア)、「大辻清司の写真-出会いとコラボレーション」(渋谷区立松濤美術館)、「実験工房と APN」(FUJI ゼロックス・アートスペース)等。

 

■展示作品例

ARAMASA SAKURA ARAMASA‘SAKURA black box
ARAMASA SAKURA ARAMASA‘SAKURA black room

開催概要の詳細は、Gallery OUT of PLACE http://www.outofplace.jp/をご覧ください。

 


2010年3月13日掲載

NHK(総合)NHKアーカイブス拡大放送に新正卓出演
京女三人 桜の下で
〜記念写真につづられた20年〜

 

タイトル: NHKアーカイブス
放送日: 平成22年4月4日(日) 総合テレビ 午後1時35分〜2時45分(70分)
      ※事件・事故などで番組が急きょ変更になる場合がありますのでご了承ください。

放送内容:
■ドキュメントにっぽん

京女三人 桜の下で〜記念写真につづられた20年〜 (1998年4月24日放送)

■ニュースウォッチ9

京都 桜の木の下で毎年記念撮影 (2008年4月11日放送)※再編集
■新正卓出演(スタジオ収録) 司会 桜井洋子アナウンサー

 

番組内容の詳細はNHKアーカイブス 公式ホームページをご覧ください。

 

 


2010年2月25日掲載

Gallery OUT of PLACE, Nara
開廊5周年記念展へ出展のお知らせ

 

開廊5周年記念展

< abri >  家…ホーム

会期 : 2010年2月25日(木)― 3月21日(日)
開廊 : 木・金・土・日 12:00 - 19:00  休廊 : 月・火・水

出展作家
ルシアン・エルヴェ/新正卓/ベルナール・プロス/ダニエル・ボドラズ/フランソワーズ・ニュネズ
/ 寺田真由美/ジュリア・バイエル  以上7人の写真作家

 

 

おかげさまでこの3月でGallery OUT of PLACEが開廊してまる5年が経ちました。
それを記念しこの度、写真展『 abri 家…ホーム』を開催します。

テーマは『家とホーム』。abriとは、フランス語で「雨をしのぐ小屋」を意味します。
建築物としての「家」、そして人々が暮らす空間としての「Home」が写されたイメージを、
これまで当ギャラリーに関わった7人の写真家の作品からピックアップし展示いたします。
また同時にそれぞれの写真集を展示しご覧頂きます。

夕暮れの空、茜雲をバックに浮かび上がる三角屋根のシルエット。
それは人々の意識下にある普遍的な「家」のイメージでしょうか。
尖った屋根や漆喰の壁、窓ガラス、ドアノブ、そして二階に続く階段、天井の染み、黒光りする床…
陳腐なステレオタイプだと笑いつつも、見慣れた『家』の形に私たちは愛おしさを隠せません。
家はそこに在りつづける事で、雨を避けるための単なる家屋< abri >ではなくなり、
人が集い、話し、眠り、そこから旅立ち、やがてそこに帰ってくるホームになるのかも知れません。

開廊後5年の歳月を経た今、Gallery OUT of PLACEが単なる「家」ではなく、
いつかアートに関わる人達のための「ホーム」になっていくことを願って、
この展覧会を開催したいと思います。

皆様のご来場をお待ちしております。

Gallery OUT of PLACE
630-8243奈良市今辻子町32-2
tel・fax 0742-26-1001
mail : contact@outofplace.jp
HP : http://www.outofplace.jp/

開催内容の詳細はGallery OUT of PLACEをご覧ください。

 

 


2010年1月20日掲載

土門拳と土門拳賞受賞作品展へ出展のお知らせ

 

土門拳と土門拳賞受賞作品展 土門拳と土門拳賞受賞作品展

 

土門拳賞の概要:

「土門拳賞」は、リアリズム写真を確立した巨匠・土門拳の業績をたたえ、1981年(昭和56年)に毎日新聞社により毎日新聞社110周年記念事業として設立された、国内でも有数の権威のある写真賞です。毎年1月から12月までの間に作品(写真集、展覧会など)を発表し、優れた成果をあげた中堅の写真家が受賞の対象となり、受賞者には毎日新聞社の表彰状、賞金、記念ブロンズ像(佐藤忠良氏制作)が贈られるほか、毎日新聞紙面等での作品発表や、東京・銀座ニコンサロン及び土門拳記念館での写真展が開催され、その作品は土門拳記念館にパーマネントコレクションされることになっています。今回の展示ではその土門拳賞第1回から第6回まで(三留理男、内藤正敏、野町和嘉、江成常夫、新正卓、管洋志)の受賞作品のセレクションと受賞作家たちを、土門拳の代表作品とともにご紹介いたします。なお、この企画はシリーズとして今後も毎年開催される予定です。

 

土門拳と土門拳賞受賞作品展

 

開催内容の詳細は土門拳記念館ホームページをご覧ください。

 

 


2009年8月8日掲載

ARAMASA SAKURA (仮) 最新作予告

ARAMASA SAKURA ARAMASA SAKURA

2005年5月、新正卓 はサンフランシスコで ARAMASA SAKURA を発表し好評を得た。翌年3月より「続」ARAMASA SAKURA (仮名) の制作に取り組み2009年のシーズンを経て30数点の最新作を完成した。未だ其のプロジェクトの銘々には至っていないが、ここに予告の2点を掲載する。2010年春検討を加えた上展示発表をする。ARAMASA SAKURA は教鞭をとっていた武蔵美大映像学科のカリキュラムの一環として、ケミカル写真基礎原理としての参考教材(針穴写真)から出発した。今回の最新プロジェクトは暗箱に見立てた室内へのピンホール映像を更に長時間露光で最撮したものである。


2009年7月5日掲載

東京画廊+BTAP

プレスリリース

 

非実在のフォト(光)・グラフ(描)
The Photograph of Nonexistent
新正卓、古家万、山口理一、吉田茂規、Koh Myung Keun、Song Dong

非実在のフォト(光)・グラフ(描)

1.ARAMASA Taku, blessing in forest 002, 2007
2.Shigeki Yoshida, 41st & Park Ave, 2003-2008
3.Man Furuya, No.032208 Seascape and The Moon, 2008
4.Koh Myung Keun, Buildng 9, 2004
5.Riichi Yamaguchi, 090112, 2001
6.Song Dong, Waste Not, 2006

 

 

 

 

 

展覧会タイトル: 非実在のフォト(光)・グラフ(描)
The Photograph of Nonexistent

作家: 新正卓、古家万、山口理一、吉田茂規、Koh Myung Keun、Song Dong

キュレーター: ロディオン・トロフィムチェンコ (Rodion Trofimchenko)

会期: 2009年7月8日(水)- 8月8日(土)

会場: 東京画廊+BTAP|東京
〒104-0061東京都中央区銀座8-10-5 第4秀和ビル7階
TEL: 03-3571-1808 / FAX: 03-3571-7689

開廊時間: (火-金)11:00-19:00 (土)11:00-17:00
閉廊日: 日、月、祝
お問い合わせ: http://www.tokyo-gallery.com 佐々木真純 (masumi.sasaki@tokyo-gallery.com

 

カメラは玩具(おもちゃ)でしょうか。携帯電話のボタンをちょっと押してみて、凡庸な現実の一瞬をとらえる、そんな瑣末な行為が写真(フォトグラフ)なのでしょうか。今日、写真撮影は浅薄で短絡的な表現へと傾き、単なるスナップ写真の撮影と同化しようとしています。やがて、写真画像の認識自体も即席の知覚(スナップ・パーセプション)、つまり画像のうちに「現実の」対象を知覚するだけの、一瞬の視線となってしまうのでしょう。写真とは本来、「Photo光-graphy描」つまり光による描画とされていたはずです。しかし、カメラが日用品となりゆく現在、同時に、写真に備わっていた神秘は、日常の娯楽になり果てるその瀬戸際にあります。そして、写真画像もまた、現実の物体(モノ)の残像になってしまう。日常が吐き出す廃物(ゴミ)になろうとしているのです。

東京画廊+BTAPはこの度、「非実在のフォト(光)・グラフ(描)」展を開催いたします。本展に出展される日本・中国・韓国の6名の作家は、写真のもつ想像力に注意を促し、単に現実世界のコピーを生み出すものとして理解されているこのメディアの、バーチャルな性質を明らかにしてくれます。

本展覧会の批評的趣旨は、第一に、知的かつ感情的に練り上げられてゆく創造行為として写真を提示することです。カメラのボタンを押すことを背後で支えているのは、達観した姿勢です。本展で紹介するのは、写真固有の想像世界を「作り上げる」作家であり、特殊な瞬間や奇妙な物体を「捕まえて」来ようとする作家ではありません。

第二に、本展では、写真のもつ絵画性を強調するだけではなく、それを極限まで押し進めるものです。写真は、日常の現実に存在しない、さらには生身の人間の想像力さえ及ばないものまでも描こうとします。いうなれば、本展は「想像し得ないもの」の写真を提示しようという試みなのです。

第三に、物体の単純な複製という観念に抵抗しうる作品を展示することによって、本展は、メディアとしての写真それ自体に注意を促し、それを歴史的、人類学的諸相においてとらえることを目的とします。

「非実在のフォト・グラフ」展は、日常生活あるいはその廃物(ごみ)としての写真に抵抗する試みです。しかしその一方で、本展が展示する作品では、日常と廃物そのもののうちにこそ、写真固有の想像力が求められています。非現実を探し出すと言っても、教会やUFO発見の場所へは向かわない。そうではなく、極めて現実的であり、凡庸とさえ見える、そうとしか見えないようなものへと入り込み、探索を進めることで、非実在の写真が現れるのです。こうして、森にカメラを持ち込み(新正卓)、なじみのある風景を読み取り(古家万)、身体に密着し(山口理一)、街の壁を観察し(吉田茂規)、 古いビルを精査し(Koh Myung Keun)、古物を積み上げ、廃物(ごみ)そのものを撮影する(宋冬)。「非実在のフォト・グラフ」は、「日常と廃物を撮った写真」を使って「日常と廃物となった写真」を乗り越えるのです。

Curator: Rodion Trofimchenko


2009年4月10日掲載

東京画廊+BTAP

プレスリリース

 

新正 卓 個展 「 frame & vision 」 -blessing in forest-

展覧会会期:2009年5月7日(木)−5月30日(土)
トークショー:2009年5月9日(土)15:00〜17:00
新正 卓 × 大日方欣一(写真史研究・写真評論) × 田中正之(武蔵野美術大学美学美術史准教授)

 

オープニング・レセプション: 2009年5月9日(土)17:00 − 19:00
定休:日・月・祝 開廊時間:11:00-19:00 (土: -17:00)

 

このたび 東京画廊+BTAPでは、2009年5月7日(木)より、
新正 卓 個展 『 frame & vision 』 を開催いたします。

 

新正卓が本展で発表するのは、これまで手がけたドキュメンタリー性の強い作品とは対照的な、人間の視覚と写真の二次元性を検証する実験的構造の作品です。富士の樹海で撮影された一連のシリーズ『 frame & vision − blessing in forest』 は、一見、正方形の白いフレームが後付けされたように見えますが、注視するとフレームの白線はところどころ木の後ろを通っていることに気付かされます。さらに白線を追っていくと、このフレームが、 樹海に白いゴム紐を張り巡らし立体の台形を描くことで生み出された、原始林相手の巨大なインスタレーション(だましのフレーム)であることに首肯かされるのです。

 

【作品紹介】

新正は本作において人間の視覚特性と、立体世界を平面へと変換させる写真のメカニズムに着目しています。眼球において、光線が到達する網膜は平面であり、人間が実際に得ている視覚情報は、世界の二次元投影像に過ぎません。しかし、そのような単純な知覚とは別に、私たちが三次元の世界を見ているのは、脳が網膜上に投影された二次元像をもとにして、物体の立体的構造や位置関係を計算しているからです。つまり、私たち人間は過去の経験から得た観念によってモノを見ていると言えます。

 

写真とは、三次元の現実世界を四角いフレームで切り取ったものと言えます。この「切り取る」という行為は、現実世界に直接触れるような手応えを与える、きわめて身体的なものです。写真を撮る行為も、過去の経験・習慣などに規定される観念性を逃れられないのではないか。そのような問いを我々につきつけるため、新正は、写真が対象とする世界の内側に、白いフレームを置くことで、二次元の観念性をより強烈に示唆するのです。画面上で正方形に見えるフレームが、実は正方形ではなく、それこそが現実世界として存在している。それを示すことは、写真の虚偽性を表面化させる試みとも言えます。新正卓はこれらの実験的な取り組みによって、事物を視る行為と写真を撮る行為の抽象性を問題提起していると言えるのではないでしょうか。

 

-blessing in forest-
-blessing in forest-
installation of movie -blessing in forest-

 

-image structure-

-image structure-

 

作品論・大日方 欣一

 

【 新正卓 「 frame & vision 」】

 制作の場面を想像してみると、こんな道程が浮かんでくる。
 森のなかへ入る。老いたものと若いものが絡み合って茂るなかを踏み分け、山の気をうかがい、包囲する光のまだらの布置を目測していく。足元はなだらかであってはならない。勾配の変化に富んだ足場の不安定さ、不自由さをすすんで求めている。それは彼がこれまで長い間、パノラミックな視野、まっすぐ消失点の彼方へ伸びていく広大な世界の眺めをフレームのなかに把握し描出することに挑み続けていたのとは、著しく対比的なことといわねばならない。ここでおこなわれようとしているのは、たぶん離脱の試みでもあるのだ。写真によって世界と関わるその関わり方を、これまで積み重ねてきた流儀からいったん引き離し、森の混沌のなかで探りなおそうとしている。
 やがて観察点を見出し、カメラを固定する。いいかえれば、環境のレイアウト、遮蔽物がさまざまに交差し入りくみながら漸次的に奥まっていく森の遠近を、一本のレンズの光軸を中心にして掴まえ、フィルム面上の2次元のレイアウトへ写し換える、そのための準備を固めていく。モノの精密描写に適した大型カメラを使い、被写界深度を深くとって、フレームのなかに把握される肌理とフォルムの鮮鋭度をなるだけ高めようとしているのは、以前からの彼の志向を引き継いでいるけれど、しかし、以前ならこれでほぼ完了していた撮る行為が、森のなかではまだ決着しない。カメラを設置しフレーミングを決めることが、ここでは結果を確定することではなく、むしろ入り口を作ることに等しかった。露光のスタートをそのまま繰り延べにした状態で、彼は再び身体を動かし、設定したカメラのパースペクティヴのなかへ踏み入っていく。
 カメラの視線を一身に浴びつつ、それを前提にして次の行為に取り掛かる。現実の森の空間に、彼は一本の線を引きはじめる。見たところそれは白のゴム紐の線で、きっと何度もフィードバックし、フィルム面やレンズの光軸との角度や位置関係を入念に確かめては、この紐を引っぱりなおし、固定点の位置を手探りして、かたちを整えていくのだろう。線はぐるりと一周して閉じられ、一つの白いフレームを出現させる。定められたカメラのパースペクティヴに沿うと(あくまでもそのかぎりにおいて)宙に立つそのかたちは、水平と垂直のバランスのとれた矩形そのものに見えるはずだ。いわばそれは、写真装置という公理にもとづいて演繹されたヴァーチャルな矩形なのだ。そのような抽象的な措定物ともいえるかたちを、彼はゴムの線を張りめぐらすというきわめて身体的な行為を介して、眺めのなかに現実化していく。
 白のフレームをセッティングし終えると、彼はカメラの定める物理的な空間座標の外へ抜け出し、続いておもむろに露光をスタートする。

この撮影は、森の眺めの空間的な記録であるとともに、線を引くパフォーマンスの軌跡をとどめた時間的な記録でもある。カオティックな森の自然を扱っているのと同時に、カメラのパースペクティヴがもつ人工的な秩序、その形式特性をあらためて意識化し、明るみに出そうとする試みともいえるだろう。あるいはこういってもいい、ここに結像するワンショットでは、重層的で中心の特定されない生成の場(森の領域)と、任意の観察点という中心をもちシステムとして構築される視覚空間(カメラ・アイによる領域)という異質な二つの世界が、白い線のフレームを引く行為の媒介によって、その二重性を表面化され、別々であることを保ちながら同時に(=“ずれ”として)喚起されてくるのだ、と。

新正卓の新作シリーズ「frame&vision」は、鑑賞者の視線をどこかに集中させない、非決定の状態に招じ入れるようなところのある作品である。そこに感じられるヴィジョンのゆらめきは、鏡の内部を覗くときの感触にもいくらか似ていて、それは“ずれ”という掴めないもの、所有できないものを見ているゆえのゆらめきであろう。
新正はこの“ずれ”を源泉とし、新たな起点として、映像と環境世界のアマルガムをこねなおしつつあるのだ、と見受けられる。

大日方 欣一 (写真批評)

 

【作家紹介】

新正 卓 (ARAMASA Taku) は1936年東京都豊島区生まれ。1940年祖父の赴任に従い旧満州三紅省へ渡り、幼年期の大半を大陸で過ごす。敗戦後、難民生活を経て1947年秋、家族とともに母国に生還。1979年、敗戦直後綏化市難民収容所内で生きて別れた育ての母と再会し、これを契機に現中国で生きぬく日系残留者と日本人孤児達の現実を知る。その後、中国残留日本人孤児のポートレイトを撮ったシリーズ『私は誰ですか』、『双・家族』(1990)に代表されるドキュメントを数多く発表。更に旧ソ連崩壊直後に極東から調査撮影を開始し、連邦全域に拡がる日本兵捕虜収容所の痕跡を探した『沈黙の大地/シベリア』(1995)、日系移民強制収容所の痕跡を追った『約束の大地/アメリカ』(2000)を発表し、南米移民一 世の肖像『はるかなる祖国』(1985)と合わせた3部作を上梓させた。 近刊:『黙示ARAMASA Taku photographs』(2006) など。

 

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