酋長の系譜

Portrait of Native America

リチャード・ヒル
スミソニアン・インスティチュート
国立アメリカ・インディアン博物館副館長
インディアンの写真を撮ることについては、かなりの問題がある。というのも、写真家はいわゆる「インディアンらしさ」を出すため、時代遅れのインディアンのイメージにこだわるからだ。その結果、写真には往々にして紋切り型のインディアンしか登場してこない。
 彼らは古くから、たいへん人気のある被写体であったにもかかわらず、真実の姿が伝えられなかったのは、そういう事情もあろう。1850年から1900年にかけて、平原インディアンと合衆国軍の戦いが、激しさを増したとき、「戦闘的」なインディアンの写真が数多く撮られ、インディアンは「野蛮」であるというイメージの定着に大いに貢献した。それらの写真は、白人のインディアンに対する戦い、彼らの征服を正当化するプロパガンダに使われた。植民地時代の文学や、19世紀のロマン主義的絵画に表われるエキゾティックなインディアン像のステレオタイプもあるが、大方のアメリカ人は、彼らをひどく遅れた、野蛮な異教徒とみなし、合衆国の土地が、白人によってより良く使われるため、取り除かれねばならない障害物だと考えた。
 「自由のために戦うインディアンが、初期の写真によく表われるが、彼らの敗北はもはや避け難いものだった。合衆国政府は、「マニフェスト・デスティニー」(明白なる宿命)を強力なプロパガンダとして駆使し、インディアンの敗北は、神の意志であると喧伝した。このころから、特に写されたインディアンは、アメリカの建国神話を彩る陳腐な小道具として使われるようになった。彼らが「人間」として表現されることは極めて稀であった。
 今日でも、インディアンのイメージは、車や、スポーツ・チームの名前、洋服、玩具、家庭用品の商号に色濃く残っている。その場合、平原インディアンのステレオタイプが、他の多くのインディアン部族を代表しているようだ。インディアンのイメージを使うと、商品が売れるのは、アメリカがまだ彼らと戦闘状態にあるからだろう。戦いは、土地、信仰をめぐって、またそれは1492年以来ずっと続いているが、インディアンがヨーロッパ系アメリカ人と異なった存在であり続ける権利を、剥奪するための戦いなのである。
 それでも、最近のインディアンの写真には、変化の兆しが見られる。この作品集などその良い例で、新たな角度から現在のインディアンの姿を伝えてくれる。ここに写されたインディアンは、明らかに過去のステレオタイプとは異なっている。彼らが実際住んでいる場所で、ありのままの姿で撮ることを、写真家が選んでいるからだ。ここに登場する人々は、アメリカ文化の主流に属する人々とは、明確に異なる性格を保持している。確かに、ここにはインディアンであり続けようとする人々がいるのだ。アメリカ的な成功のモデルからかけ離れていることに、むしろ幸福を見い出す人々が、ここにはいる。そのような価値観の違いを、また何が彼らをユニークな存在にしているのかを、この写真集は語りかけてくる。

人びと

インディアンはとても写真写りがよい。たぶんそれは彼らの顔や手が、彼らの性格を如実に反映しているからだろう。彼らのはっきりとした顔だちは、非常に力強い印象を私たちに与える。その顔には様々な経験が刻み込まれており、その経験の内容の深さが表情に現われている。過去において、人はことさらその表情に、気高さや悲劇性を読もうとしてきた。眉間のしわや、笑わないいかめしい顔から、険悪さを感じる人も多かった。そのような印象が、インディアンは人間的な感情を持ち合わせない、冷たい人間だというイメージをつくったことも事実だ。だが、この写真集に登場する人たちは、それらとは異なる面を見せてくれる。意志と力のみならず、彼らの表情には、暖かさと幸福感が漂う。
 インディアンの多くの部族が、自分たちを「人々」と呼び習わす。そもそも「インディアン」という名称自体、誤解から始まったものなのだ。コロンブスがインドへの航路を発見したと勘違いし、沿岸に住む人々を「ロス・インディオス」と命名したのが始まりだ。インディアンと一口に言っても、各部族は、はっきり異なっており、文化も違えば、世界観、生活様式もおおいに異なる。スーをはじめ、イロコイ、ナバホといった部族の名称も、ヨーロッパ人によって与えられたものだ。各部族、ネーション(彼らはこう呼ばれることを好む)は、ちゃんと自分たちの名前を持っている。たとえば、イロコイは自分たちを「ホデナサウニー」と呼ぶが、それは「長い家の人びと」という意味だ。イロコイ族は、一つの法の下に集まった6部族の連合で、ちょうど同じ屋根の下に住む6家族のようなものだからだ。
 この写真集の人々は、祖先たちが何世代にもわたって守ってきた土地にしっかりと立ち、部族の誇りを伝えている。彼らは、国家として、共同体として、また家族として、古来の伝統を守り続けるために生き残った人たちだ。写真の中の彼らは、先祖とのつながりを表わすものを身に着けている。白人との交易で、素材は変わってきてはいるものの、彼らは世界に、創造主に彼らのアイデンティティを示すものを、作り続けている。それは、彼らがインディアンであり続けたいという意思の証明だろう。部族、氏族、家族のアイデンティティは、彼らにとって極めて重要であるからだ。

土地

住んでいる環境は、インディアンの文化、信仰、芸術に大きな影響を与える。土地は命の源であり、それゆえ敬意の対象である。大地には魂が宿ると考えられ、さまざまな儀式を通じて、敬意を表わすと同時に、さらに豊かなものに育んでいこうとする。地理的に異なる各部族は、住む土地の性格の影響を受けて、独自の文化を発展させてきた。土地は、彼らに大地の魂を分かち与える力を持つ、神聖なものである。自然の造形は信仰の重要な象徴であり、ことに山などには、大きな霊力が宿ると考えられている。
 インディアンにとって、大地は非常に神聖なものである。実際多くの部族が、大地を彼らの母とみなし、その母とのつながりは、とても精神的なものだ。彼らの命は、大地より生み出され、大地によって育まれる。健全で、豊かな実りある人生は、すべて大地によって保証される。彼らが「貧しく」なったのは、白人によって、土地所有と財力の観念が持ち込まれてきてからなのだ。インディアンは、未来の世代、子供たちが、この大地の豊かな恵みを享受できるよう、大地を守ることが彼らの務めであると考えている。
 水も同様に、彼らの力の源である。水は、大地に命を生む力を与える、聖なる恵みである。植物も動物も、人間も、生きていくためには、水が必要だ。写真からも彼らが水をどういうふうに扱っているかが分かる。
 「動物も彼らに、大いなる力を与えてくれる。先祖代々の土地に長い間住み、そこにいる動物と魂を通わせる。彼らは、動物の魂に加護を願い、ことに夢やヴィジョンを通じて、動物たちの知恵を共有することを望む。

羽根

動物たちの力を共有する典型的な方法のひとつに、羽根を身に着けることがある。ことに鷲の羽根は、インディアンが最も好むものである。鷲は創造主のいちばん近くを飛ぶ鳥であり、空の世界のスピリットのメッセージを伝えてくれる。つまり、彼らは鷲を通して空のスピリットと話をするのだ。羽根にはもちろん鷲の力がこもっており、敵意をもった扱い方をすることによって、鷲の力が得られる。羽根はまた、自然界に偏在する力と彼らを結びつけてくれる。羽根を身につけると鷲のスピリットが羽根を伝わってやってきて、その人に力を付与するから、羽根を身につけるのは、たいてい特別の場合である。羽根はまた、先祖と彼らを結びつけ、彼らの出自や、それぞれの信頼、信念を表わす印ともなる。
 最も一般的に身につけ方は、髪の毛に結わえることだろう。まるで力の出所を示すように、空に向けてぴんと立てて結わえられているのをよく目にする。また、多くの部族には、鷲を称える踊りがある。羽根冠と呼ばれる被りものからは、個人や家族が達成した偉業を知ることができるし、それを被れば、スピリットの世界と直接繋がることができるのだ。鷲はインディアンの聖なる友であり、彼らが払ってくれる等への感の印として、鷲は自らの羽根を、インディアンに与えるのだ。

家族

家族は、インディアン社会の礎である。家族の集合が氏族を形成し、社会全体のために、文化的、精神的、政治的、経済的義務を遂行する。家族の一員それぞれが、重要な役割を担っており、若者もその例外ではない。彼らは、年長者の行いを注意深く観察して、インディアンのあるべき道を学ばなければならない。教室での勉強ではなく、家庭や儀式、部族での集まりを通して、彼らは直感的に学んでいくのだ。
 インディアンの親たちは、子供の将来に対して強い信念を持っている。イロコイ族などは、自分たちの世代が決めたことの影響は、その後の7世代に及ぶと考えている。未来の世代を損ねないよう、決定は熟慮を重ねてなされる。それは短期的利益しか眼中にない、企業社会アメリカとは随分異なった考えだ。少なくとも7世代の幸福を考えることによって、家族は先祖と、また未来の世代とのつながりを強く感じる。
 インディアン社会では、年長者は、知識、経験、知恵を持つものとして大いに尊敬される。祖父母が孫にたいして担う教育責任は、アメリカ社会におけるそれとは比べものにならないほど重大だ。彼らは、子供たちの現実生活への適応を手助けすると同時に、自分たちが歩いてきた聖なる道を若い世代に示さねばならない。ここにある写真には、世代間のつながりがよく表われているし、写っている人たちの、先祖や未来の若者に対する思いが伝わってくる。時代は刻々と変化していくだろうが、彼らの共同体を共同体ならしめている文化的特性を保持する限り、インディアンの各部族は生き続けるだろう。だが、彼らが伝統に背を向けたとき、未来への希望は失われるに違いない。

写真

この写真集を見ると、写真というものがインディアンにとって大切なものであることが、よく分かる。何人もの人々が、過去の部族の英雄や、愛する者の写真を掲げている。世代間をつなぐものとして、写真は彼らにとってますます貴重なものとなっている。ここに登場する人々の子孫たちが、将来これらの写真をどう受け止めるか、興味深いところだ。これらの写真を、写っている人の未来世代へのアドヴァイスと一緒に、タイムカプセルに乗せたらどうなるだろう。そのカプセルは、コロンプスがアメリカに漂着してからちょうど1,000年目に当たる、2492年に開けられる。そのとき人々はまだ、この地球を破壊し尽くしてはいないだろうか。はたして、インディアンたちは、生き延びているだろうか。あるいは、滅びたインディアンの写真とアドヴァイスの録音だけが、そのときそこに残る結果になっているのか。ほかの民族にもまして、インディアンは依然として、滅びゆく危機に瀕している。文化は攻撃にさらされ、土地は脅かされている。未来はまったく不確実だ。ここにある写真は、豊かで多様な文化をもつ一つの民族が、白人との接触から1,000年の後、滅び去っているかもしれないという危機感すら、私たちにもたらす。

儀式

インディアンたちを救うものは、白人たちがやってくる前の何千年もの間、彼らを生き永らえさせたもの ― 信仰にほかならない。どの部族にも、祖先たちの信仰のあとが、形を違え残っているものだ。儀礼、儀式、信仰は継承され、それのみならず様々な部族で年々強化されている。インディアンの命をつないできたものは、これらを支える精神生活にあるから、ますます多くのインディアンが、未来の世代のために、種々の儀式を残そうと努力している。神聖な儀式の多くは、撮影が禁止されているから、この写真集で特定の儀式を見ることはない。だが、人々に及ぼす儀式の力を、写真から感じることはできるだろう。

おわりに

部族によって信仰の体系は大いに異なる。それぞれの部族が自分たちの独自性に誇りをもっているが、平和と調和を求めていることはどの伝統的部族にも共通し、それが様々な違いを超えて、彼らに一体感を与えている。ふつうインディアンとちょっと会っただけでは、この違いに気づくことすら難しい。過去何十年間、カメラを持った旅行者や学者が、インディアンのコミュニティを通りすぎ、そこで撮った写真で、インディアンとは何者かを説明しようとしてきた。カメラの前では、インディアンは変わる。迫害されることを恐れて、彼らは精神的な彼らの生活のありようを、白人の眼から隠してしまった。あまりにも多くの写真家が、インディアンのイメージを食い物にしたので、彼らは写真家を信用しなくなってしまった。
 何世代にもわたって、インディアンはカメラの前でポーズするように言われてきた。ポーズを取ったお礼にしばしばお金を貰うようになり、旅行者や写真家にお金を請求することにまつわる内輪のジョークすら生まれた。一般的アメリカ人に浸透したインディアンのステレオタイプをわざわざ演じる者も出てきた。
 いずれにせよ、そんなことは好ましいことではない。インディアンを撮る写真家はますます増えたし、各時代に一度は必ず、インディアンは人気のある被写体になってきた。文学や絵画、またハリウッドの映画に登場するインディアンの描かれ方は、アメリカ人の精神状態の反映でもある。インディアンの描かれ方は、その時のアメリカ人のありようによって、社会的、政治的、精神的場面での様相を異にする。あるときは、白人社会の進歩に立ち塞がる障害物として描かれ、出てくれば必ず白人開拓者に襲いかかる野蛮な殺人鬼であった。またあるときは、文明の流れに抗する術なく押し流される犠牲者、白人の慈悲にすがって生きる無力な存在として描かれた。もちろん、単純だが高貴な生活を調和的に生きる、誇り高き民として描かれたこともある。今日ではことに、白人がその精神性を借用したがる神秘的存在として描かれたりもしている。しかし、どの姿をとってみても、一部の真実はあろうが、たいがいはひどく誇張されたものだ。
 この写真集の強みは、人々がありのままの姿を撮らせていることだろう。彼らはインディアンであることに誇りを持っていることを、伝えたがっているように見える。彼らを撮っている写真家に対する信頼感がここにはある。そして、この写真集を見た人々が、生き方に信念を持ち、大地を守るためにまだ戦っている自分たちインディアンの存在を、しっかり受け止めてくれるにちがいないという希望が、ここにはある。

(阿部珠理・訳)